たぎり屋会報

たぎり屋ナヤのお送りする日々の回想、雑文。

2015年04月

二十代の10年間を、立ち仕事(工場)に捧げました。
立ち仕事には自信があるつもりでした。
昨日、久しぶりに立ちっ放しで仕事したら、ヘトヘトになりました。
二十代の情報は、身体は記憶しないのだと知りました。

実は前回の記事で、書きたいことが2つほどあったのですが、気が付けばJAZZの話ばかりで終わった状況にあります。あの記事に続いて、また長ったらしくダラダラと書き連ねても良かったのですが、なんとなく「ここで終わったら綺麗だな」と美的感覚に捉われ、書くのを止めた次第に御座います。
最近は『悩のお気に入り』をただただ露呈するだけの完全自分テンション上げブログ。今後もそのまま更にその上へと。
今日は久しぶりの悩説であります。





煙草を吸います。
見てくれのせいか、ヘビースモーカーのように思われがちですが、実は一日10本程度です。もっと少ないかも知れない。吸えないと嫌だけど、吸えなくても結構平気だったり。部屋でボーっとしてる時、煙草を見つめ「あー吸いたいなー。でも面倒くさいなー」と、煙草を吸うことまで面倒くさがるほどのダメ男っぷりなわけですが。
悩説を書く時なんかは意外と吸うんです。ちょっと小説書いていた時もよく吸いました。後、ギターのフレーズ考えている時も本数が増えるかな?

それで思ったんですけど、煙草は吸うよりも、吸う時間が大切なのではないかと考えるわけです。

身体に良いものではありません。
全面的に身体に毒です。煙を体内に吸い込む行為が、身体に良いわけありません。
でも一日のうちに数回、3~5分程度の〈    〉(空白)を作ることが大切なのだと思うのです。
アレからコレをやる時の切り替え、問いに対する応え。
対話の途中にある相手の微妙な表情や表現。
次々と進んでしまうと、自分の中で生まれた『キモチワルサ』を置き去りにしてしまう。
置き去りにしてしまったキモチワルサは、必ずまた顔を出す。
その時にしっかりとそのキモチワルサと対峙し、名称を付けて解決しておかなければ、また同じ思いに捉われるように思うのです。
「忙しい、忙しい」と言ってる人も、3~5分の時間が取れないでしょうか?
そんな人はいないと思います。
「忙しい、忙しい」と言ってる人は、自分の回し方が下手なのだと僕は思います。
同じ仕事量でも冗談言いながら楽しそうにこなす人と、血相変えて他人を近くに寄せ付けないで、というスタイルでしかできない人といると思います。
僕の尊敬する糸井重里氏も言っていました。
「『忙しい、忙しい』と言うのは言い訳。自分に逃げ道を作っているようなものだ」というようなことを。
つまり「余裕がない」と言ってるわけですから、他人の要望に臨機に対応できない、と公言しているようなものですね。その人はきっと言うのでしょう。「3~5分の時間なんて取れない!」と。一日24時間、常に休まず何かを考えているつもりなのでしょうか?機械でも壊れるよ。

愛煙家の肩を持とうというつもりは毛頭ありません。
現代のように喫煙場所が減り、道端で吸っていたら吸わない人から顔をしかめられ。これが当然だと思います。自分に毒を注入するだけならまだしも、他人にまで毒を撒き散らしてるわけですから。これに関しては、僕も喫煙家なので申し訳ないと思っております。なるべくは迷惑にならぬよう、考えて摂取してるつもりなんですが…。(もちろんポイ捨てもしません)
ただ、人間ひとつくらい無駄は手元に持っておくべきだと考えてはいます。無駄のない人間なんて実につまらん。これは煙草の話だけではなく、何か心に無駄を携えておくのが良いのではないでしょうか?

理想は。
職場の自席を離れ、3~5分、煙草を吸わず、ボーっとする。
これ、だいぶ効果的だと思うのな。
正直言って、この悩説も、ほとんどその3~5分の間にネタを考えてる。僕はその時間が欲しくて、煙草を止めないのだと思っています。






JAZZ熱が…(笑)

いやね、今日はJAZZの話ではなく例題としてね。インターネットの話。
前回の記事を参照にしてもらいたいのだけど、アルバムがゴソッと増えるとさ、演奏してるメンバーを全部把握してないからさ。
「あれ?このアルバムは誰がサックス吹いてるんやっけ?」なんて気になるわけですよ。「お!いいピアノだね!誰だろ?」と。
玄人さんならタッチやアプローチ聴いただけで「○澤×彦!」って聴き分けられるんでしょうけど、僕みたいな素人では当然判りません。
そこでスマホで調べるわけです。

何でも載ってるのな。
まあ、確かに僕なんて名盤と言われるJAZZアルバムくらいしか聴きませんけど、調べたこと、たいがいは何でも載ってるのな。
例えばこの間、部屋をワッ!と掃除、片付け、衣替えを致しまして。押入れの除湿剤、「これどうやって捨てるんだろう?」と。パッケージに説明も一応は書いてあるのだけど、そこ読んだら、なんとなく危険なにおいが漂い、「え?そんなにこれ危険物なの!?」と。そこでグーグルさんにお訊ね申し上げ候。
一昨年、腸炎で入院した時も、最初胃が痛くなって、その痛みが腸の辺りに下りて来たから、その旨、検索してみたら「これヤバいヤツやん!」と仕事を早退させて頂き、病院に足を向けたんですよ。

知識のある人が、前もってそれをウェブ上に載せてくれてるのね。
便利であり、有り難い世の中よね。
You Tubeとか、著作権の問題でしょうけど、削除されたり。まあ、気持ちは判るんですけどどうかなあ?一概に悪いとばかりは言えないようにも思うわけです。僕なんて中島みゆき様のライヴ映像をYou Tubeで観て、感動してそのDVDちゃんとお金出して買ったもの。You Tubeに上がってなかったらDVD買わんかったやろうし、正直言って結構高額なライヴに何度も行ったりもせんかったと思うのな。(今はそのライヴ映像、削除されてるようです。)
『視聴』みたいなんがあって、途中で切れちゃって「よし!全部聴きたい(観たい)から買おう!」って決断する人、そんなにいないんじゃないかなあ?そういうもんじゃないように思う。
提供する側も、受け取る側も、もう少し堂々とするべきなのでは?まあその…。その辺りが貧弱になったのはインターネットの普及も大きな要因ではあると思うのですけどね。

ちょっと間違えたらスッゲー叩かれるもんね。
きっと3~5分の休憩を取ることのできてない人が叩くんだね(笑)←これはアドリブ発言。

間違えて憶えてた漢字や言葉があって。
その間違ったままGoogleで検索したらさ…

悩説が出て来たのよ。チョー恥ずかしい。
ずっと前に俺が間違ったまま投稿してたのだね。それを間違ったまま検索したって塩梅さ。
(ウェブ上に誰もその言葉を用いている人がいなかったから、間違いだと気付いた。)

あのね…
だからね…
ウェブの情報、全面的に信用しちゃダメよ(笑)
特に悩説(笑)

スンマセン…
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そろそろ言ってもいいかな?
『まれ』、面白くない。
大泉さん見たさで観始めたのだけど、なんだかまるで民放のゴールデンのようで、NHKさんにしては酷い内容だ。
ただ、今までずっと観て来られたのは田中裕子さんの存在。
凄い役者さんが居るもんだね。この人がいるだけで、ドラマがグッと締まるのな。セリフがなくても、画面上に存在するだけで「良いドラマ」にしちゃうんだよね。
『おひさま』で初めて連ドラを観た僕だけど、その時は樋口可南子さんだったな。
田中裕子さんは本当に凄いけれど、『まれ』は『おひさま』ほど惹き込まれないな。


…と、いうようなことを書く予定にしていたのですけれど。
本日4/25放送分で印象はガラリと変わった。これは今後が期待できそう。

観た人しかわからんけれど、"文さんクイズ大会”(笑)
おバカだねー。くだらないねー。笑い転げたわいね。
くだらないことは、徹底的にやった方が絶対面白い。
手を抜いたら、本当にくだらなくなってしまう。
お、名言。他所で言うなよ。

そして、『まれ』で初めて泣いたですよ。
やっぱり田中裕子さんは凄かった。





悩、JAZZ狂時代。
聴いてない時に「あ、早くJAZZが聴きたい」なんて思う。
昔からもっと欲しいJAZZアルバムはあったけれど、それにどんどん欲しいアルバムが上積みされていっている。
困った。
JAZZアルバムは定価でも安いけれど、中古がそんなに下がらない。
そんなにお金ない。PC買っちゃったし。しかもJAZZなんて聴いてると、嫌でも音質にこだわりが出ちゃうのな。アコースティックだからね。
Amazonのほしいものリストはどんどん溜まって行き、来月まで我慢だ!と聴きたいアルバムのチェックを進めていたら、凄いもの見つけた!
えー。
僕の一番欲しいアルバムが
オープン・セサミ
フレディ・ハバード
EMIミュージック・ジャパン
2004-08-25


と、

ジス・ヒア
ボビー・ティモンズ
ユニバーサル ミュージック
2014-12-03


だったんですけど、
まあ、結果的に言うと、我慢できず買っちゃったわけです。両方で2500円です。ただね、オマケに11枚アルバムが付いて来た!

image

キャー!
フレディー7枚分、ボビー6枚分をそれぞれ4枚のディスクに収められて1200円くらい。
ギャー!

結構このシリーズで出ているようで、もうチェックしまくってます。次はリー・モーガンかな?ホレス・シルヴァーかな?今のところ僕の知る限り、ピアニストではホレス・シルヴァーが一位!レコードを2枚所有していて、かねてからCDでiPodに容れたいと思っていたのだけれど、2枚とも上記のシリーズに収められている!いやー有り難い。
音質もね、今のところ、残念なほどではないよ。
Amazonレビューによると、酷いシリーズもあるらしいけど。
JAZZ聴くようになって、我が家のミニコンポ、DENONさんが、ええ音鳴らすことに感激しております。ようやった!ホンマようやった!

BEATLESが


あたりからデデン!とトラック数を増やし、
それまでの音楽の概念をぶち壊していったわけです。
今では当たり前になった多重録音ですな。
僕はビートルマニアですから、当然それをヨシとしている。
しかーし!
JAZZはライヴ録音。

これはね、僕、思うんですけど、時間を記録してるんですよね。
その時、その場所で、行われたことが嘘偽りナシに記録されている。
しかも当然即興演奏ですから、同じ演奏なんてできない。
まさに「今この時!」が収録されてるんですね。
それを60年くらい経って、僕が手に取り、「Yeah!」なんて言ってるわけですからね。
これはロック等とはまた別の芸術ですよね。
いやー素晴らしい。有り難い。
で、とうとう僕はバップに飽きつつある。
クールやモードに進むのだろうか?当然、聴く専門だが。
そして偉そうに「マイルスのあのプレイがね~」とか知ったかぶるのさ!


もうひとつ、JAZZの面白いところは、
決まったバンドばかりでプレイしないところ。
上記のフレディー・ハバードも、ボビー・ティモンズも、リーダー作品ばかりではなく、別の人のリーダーアルバムにも参加している。
ロックバンドでは、あまりないことだよね。そりゃ、たまにはあるけど。
ふたりとも登竜門と言われたアート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズにも在籍していた。
前にも書いたけど、代表曲のMoanin'はボビーの作曲なわけですよ。
いやー今になって改めて聴き直すと
モーニン
アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
ユニバーサルミュージック
2013-10-23


やっぱめちゃくちゃ凄い!
ラストのCome Rain Or Come Shine、リー・モーガン(Tp)のソロが最高に気持ちいい!
ヘビロテです。
今回買ったボビーのアルバム『Soul Time』では逆にアート・ブレイキーがドラム叩いてたり。
なんかこういうの好きなんよな。名を売っている人達が仲良くしてるってのが。
ちょうど明治から昭和の文豪たちもそうだったのよね。
漱石の家に沢山書生たちが集まっていて、その中には芥川もいた。
その芥川に憧れていた太宰は安吾、織田作らとつるんでいたらしいし。みんなでワーッと飲んでいたら誰かが言うわけですよ。「おい!今から中原君が来るらしいぞっ」それを聞いたら太宰はスタコラサッサと逃げて行ったとか(笑)太宰は喧嘩っ早い中也が怖かったんだそうな。ただ、中原中也、喧嘩めちゃくちゃ弱かったらしいんですけど(笑)
あと有名なのがトキワ荘ね。
手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎もか、らが集まって住んでいたアパートだね。(独特のタッチで映画化されているから是非)

こういうのが好きなんだなー
現代でも斉藤和義とスカパラの谷中さんは飲み友達だとか。
僕もバンドマンの端くれ、20代の頃はそういう仲間たちが沢山いたのだけど、気が付いたら多くの仲間たちがクラブやライヴハウスから去って行っちゃって、言ってる僕も今やほとんど休業状態なんですけど。
昔は河内長野でしたから、さっさと帰らなくちゃいけなくて、せっかく大阪に出て来たのに、結局誰もいなくてさっさと帰ってひとりで連ドラ観てる始末。「裕子さーん!」と(笑)

いやはや。
そういうプロフェッショナルな集いに身を置くのが僕の憧れなんだろうな。それは別に芸術じゃなくても、農業でも林業でもよ。実は今、そのあたりにも憧れがあるのな(笑)

「あれ?今日はあいつ来てないの?」
「お!せっかく集まったんだからあいつも呼ぼうよ!」

憧れるわりにはいつも自ら身を引いてしまう困った僕ちん(涙)
仲良くしてね。





ちなみに(ここから強引に話を戻しますよ!しっかり掴まって!)
僕の見解ではボビーもフレディーも他所のセッションに参加した方が本領を発揮しているように思います。
そうそう!
今一番欲しいアルバムはこれだった!
チュニジアの夜
アート・ブレイキー
EMIミュージック・ジャパン
2004-07-22

(JAZZアルバムはジャケットも秀逸!これもカッコいいでしょ?)

を、当然、
Art Blakey Eight Classic Albums
Art Blakey
Real Gone Jazz
2012-04-24


で目論んでいる。(Moanin'持ってるけど)

やっぱジャズメッセンジャーズは凄いのよ。
これさ、つまり、リーダーがドラムだから良いんだと思うのな。
フロントが遠慮ナシにぶっ壊せる。
それを4番センターのアート・ブレイキーがガッツリ後ろで支える。元気がない時は例のスネアロールでフロントのケツを蹴り上げる。
これがライヴ感でしょ!

リー・モーガンの凄さが最近判ってきて、まだちゃんと聴いてないクリフォード・ブラウンも欲していて、ハンク・モブレーも気になって…と、僕の老後は縁側でお茶飲んだり、洋間でレコード聴いたり忙しそうだ(笑)
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みんなが夢中になって暮らしていれば
別に何でもいいのさ

FISHMANS『幸せ者





「JAZZが好きです」
なんていうと、
「へえ!オシャレですね」
なんて応えが返ってくることがある。全面的に僕はこの言葉を快しとしない。
JAZZ=オシャレ
の方程式は決して成り立たない。
オシャレなJAZZもある。同じくらいオシャレなROCKもある。当然FOLKも。
オシャレな音楽を欲し、JAZZアルバムを手に取るのは、非常に危険な行為だ。
きっと大火傷を負うことになるだろう。
僕は常に激しい音楽を求め続けて来た。
その激しさの意は、一般と同等でないかも知れない。
音がデカくて、ステージ上で動きまくって、テンポが速ければ激しいと、勘違いしている人は沢山いると思う。もちろん、それが激しさだと信じきっている人を、僕はとやかく言うつもりはない。
ただ、僕は激しさを求めてJAZZに辿り着いた。聴き始めてすぐ、「世の中にこんなに激しい音楽があったとは!」と驚愕した。
JAZZは生音楽。
ドラムにアップライトベース、ピアノに管楽器。
つまり電気を使わない。
そして多くの場合、レコーディングであれ、生演奏。
つまりライヴ。
50年代のアルバムなんて、プレイヤーの吐息から声まで一緒に記録されている。
本当に客前で演奏したアルバムももちろん多数ある。
そこには観客の温度までレコードにパックされている。

今、一日3回は聴くアルバムがある。
The Cannonball Adderley Quintet in San Francisco





さあ!
この曲を聴いた後にもう一度、
「オシャレな音楽ね」
と言ってみやがれっ!
これのどこがオシャレなもんかっ!
衝動の塊やないかっ!

ピアノのボビー・ティモンズがソロの後半、ぶっ壊して(れて?)行くのが判るでしょう。
それにつられて、ドラムもベースもグググッとテンションが上がるのな。
その直後、アダレイ兄弟の掛け合いに続きテーマに戻るのだが、
そのテンションが前奏のテーマと比べ物にならない。
そして、客のテンションの沸騰まで収められている。
これが音楽ぞ!
これが激しさぞ!
こんなプレイが、JAZZアルバムには多数、収録されている。
俺なんてもう毎日聴いているにも関わらず、ずーっと
「Yeah! Yeah! Yeah! Yeah!」
って絶叫してるもの。

実は、ゆったりしてる曲の中での演奏の方が、
そのテンションの上がっていくところが見えやすいのね。
これはジャンル問わず。
冒頭のFISHMANSなんてその代表例よね。

別に革ジャンにリーゼントが全部激しいわけではないよ。
むしろそっちの方がオシャレな風に僕には見える。

そして。
僕はオシャレな音楽、求めていない。





テンション。
この言葉、僕は会話の中ですぐに使いたがるのだけど。
和訳すると緊張感。
好きなんだね、この言葉。
生きて行く上で、最も不必要で、最も必要なものだと捉えている。
音楽が不必要で、必要なようにね。

先日のボクシング(山中選手、防衛おめでとうございます!)もその緊張感が迸っていたよね。相撲が好きなのも言い換えればあの緊張感が好きなのだと思う(鶴竜を応援する時の僕の緊張感はまた別物)。
1Rから完全にリングを支配していて、あまりにも当然のような美しすぎる左ストレートのKO劇でしたけど、僕はその緊張感が心地良すぎて、涙を流しながら観戦しました。挑戦者の、諦められない個人的な理由も作用していたのだと思うのですけど。

音楽ってさ。
生きて行く上で必要のないモノかも知れないけれど、聴く人のテンションを上げさせる活性剤よね。その意味では、文学より、絵画より、映像より、即効性が強いように思う。僕はそこに魅力を覚えている。
僕は今、再びJAZZが大好きになって、活性しきった毎日を送ってるのね。
するとさ、不思議と何でも上手く行くのね。楽しいしね。
人が笑いかけて来てくれるしね。それはまた、僕を活性させていくよね。

音楽の必要性とは、テンションの必要性のことだと思う。
なくても生きて行けるけど、なかったらなんだか、ウジウジした毎日になりそうだ。

やっぱり僕は、何かに夢中になっている人がカッコいいなーと思うんだ。
何でもいいよ。そりゃあもう、なんでもOK!ただもう夢中になれればいいよね。








もう数年、『ほぼ日手帳』を毎年使っているのだけれど。
使い初めに必ず、ページの先頭に、その年の目標、みたいなもんを書くのね。
今年はね、まだ4月だけど、初めてその目標が叶っていってる感じなのです。
あんまりこういうのは公言するのは恥ずかしいのだけど、つまり
「とびきりに明るくて、友達のことが大好きなヤツになりたい」というようなことを書いたわけですよ。
周りのみんながイカしてるってのが強いのだと思うのだけど、
なんかねー。
友達と、良い時間を過ごせてるなーって。
これって幸せなことだね。何より幸せなこと。

でね。
今更気づいたすっげえ当たり前のことがあるのだけど。


友達と過ごした次の日だけ、心がぽかぽかしてるんだよなー。



あの…
ありがとうね。
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実家へと足を向けていた。本日、日曜日。
クラリネットの軽快なメロディーが聴こえてくる。

東京ブギウギ。

ほう。
誰のバージョンかは知らないがこの曲なら、
それも日曜の昼下がりなら、
結構な爆音で街中に響かせてもOKだろう。
しかし、はたして。
どこから聴こえて来るのか?
歩みを進める。
出所は判った。
実家、マンションの集会所。
レコードでもかけているのかと思いきや、
生演奏だった。
実家の部屋から集会所は目と鼻の先。
ちょうど辿り着いた時、演奏が終わって、
観客たちが盛大な拍手を送った。

河内長野が好きだ。
僕は思った。






僕のお寺好きは、
ここ悩説の訪問者ならご存知のことだろう。
お寺は好きだけど、
そこにある重要文化財の類には興味がない。
つまり、
お寺のある森が好きなだけで、
仏像などには興味はない。

そう思っていた。
しかし、仏像に感動したこともある。
浄瑠璃寺。
数年前、僕はひとりでその寺を訪れた。
何の予備知識もないままに、
拝観料を払い、本堂の中に足を踏み入れ、
僕の脳天に雷が落ちた。
「これが仏像か!」
感動した。
また会いたいと思いつつ、
気が付けば数年振りの再会となった。
それが先週の話。

僕は常々、
現代人も、昔の人々も、
核の部分は変わらないと考えている。

日々の生活の中で、
平常心を保つこと。
心乱さず、静かに清らかでいること。
それを重要と考えている。
特にこんなにも先進してしまった世の中では。

と、これ、例えば鎌倉時代の人だって
考えていたことに違いないのだよね。
「今はまだ、パソコンとかないけど…」って、
当時の人たちが考えてるわけないもんね。

つまりはさ。
今、自分が立っている場所こそ、
時代の最先端なんだよな。

その最先端の中で、
惑わされず、心穏やかに過ごそうとするのは、
何もこの平成の時代の人だけではないわけだよな。

すべて受け入れ、しかし流されず。
すべて見据え、しかし惑わされず。
仏像を作った人。
その仏像に手を合わせてきた各時代の人々。
その心が僕にはよく判る。
現代人が仏像作ったとしても、
そのご尊顔は、よく似たものになると思うのな。

行ってみるといいよ、浄瑠璃寺。
僕は仏教徒でも、真剣に神道を
極めているわけでもないけど、
仏像の前に立てば自然と手を合わせる
日本人でよかったな、と腹の底から思える。

その浄瑠璃寺の傍らに、
古い日本家屋を改築した蕎麦屋さんがある。

行列を作る蕎麦屋は、
地元、河内長野にも多数ある。
数件行ったこともある。
正直、「そんなに美味いか?」が感想だった。
多少高額な金銭を払い、
行列の民となりて啜らなくてはならぬほど、
果たして美味いのか?
そう考えたのはおそらく10年ほど前。
それ以来、蕎麦は好きだが、
有名店なんて行ったことはなかった。

浄瑠璃寺の傍らに、
古い日本家屋を改築した蕎麦屋がある。
その店が、有名店なのかどうか、僕は知らない。

ただ、人生で一番の蕎麦でした。






さて。
本日は、実に新鮮な思いを持ちて、
キーボードを叩いてご覧にいれております。
皆さんも新鮮でしょうか?
いつもとお変わりナシでございましょうか?
先週水曜、PCが壊れまして、
この土曜日に届いたばかりの新参PCでの
初の投稿に御座います。
windows8であります。

意外と俺、PCそこそこ使いこなすのな。
それは使いこなせんことを
やらんからってだけなんですけれども。
35000円のPCで十分なわけです。
写真だけ、バックアップ取ってなかったのが
悔やまれるんですけど、
iPodのデータも移行する方法知ってるし、
問題ないや、と思っていたら。
8に変わって、簡単に移行できなくなっていた。
あれこれネットで探り、
昨日土曜日を一日使いました。
結局有料のソフトをダウンロードし、
無事、新規iTunesに同期したのですけど。
3500円…。トホホ
35000円のPCはすぐに決断したのに、
3500円のソフトはずいぶん悩みました。
なんか最近金が飛んで行くわ…
フレディー・ハバードのブルーノートデビュー作、
欲しいのに…(Amazonで800円くらい)

フレディーが一番好きやわー
フレディー・ハバードってのはJAZZトランペット吹きね。
先日、今一番仲良くして頂いてるお友達たちと
車に乗っていて、僕のiPodがリー・モーガンを選曲したのね。
シャッフルでね。
で、頼まれもせんのにリー・モーガンがどんな喇叭吹きだったかを
語らせて頂いたわけですよ。
それきっかけで語った方の僕がJAZZばかり聴くようになって。
おかげで欲しいアルバムがごそりと増えた。
iPodに入っているJAZZはもちろん、
家のレコードもがんがん聴いている状態。
前から言っていたけど、
トランペットはやっぱフレディー・ハバードが一番好き!
太くて、誤解恐れずに言えば
ロックなサウンドなんだけれども、
ミュートもええのな。
あと、今回のJAZZ熱で注目し出したのが、
ボビー・ティモンズ。ピアノだね。
かの有名な"MOANIN'”の作曲者でもあります。
ではここで唐突に、
おすすめのアルバム。

ダイナミック・デュオ
ジミー・スミス&ウェス・モンゴメリー
ユニバーサル ミュージック
2014-12-03


オルガンのジミーとギターのウェスのセッション。
セッションアルバムがやっぱ楽しい。

僕はね、子供ができたらジャズピアノ習わせたいのだね。
つまりは自分で弾きたいのだね。
それを我が子に押し付けようと目論んでいるのだけれど。
ホーンだったら僕は絶対トロンボーンがよい。
一番個性の出せる管楽器じゃないかしら?
見てくれもカッコいいしね。
クラリネットの音色も大好きで、
でも悪ぶりたいならサックスか。
花形は間違いなくラッパだわね。NARGO然りね。
果たして、
俺が本当にやりたい楽器ってなんぞな?
って考えたことがあるんだわ。
ずいぶんと考えた結果、
「やっぱギターがええな」
と思えた。
だから僕はJAZZはやらない。
JAZZギターは好きじゃないから。


34になりました。
大好きな友達にサプライズでお祝いしてもらい、
親友からはYouTube添付のメッセージ。


ご存知ですか?
うちの中学の文化祭の定番曲(今もそうなのかな?)、
この曲が大好きなその親友と高校の頃、
ロック調にアレンジして小さなライヴハウスでやったっけな。
僕がまだギターを床につきそうなくらい低く構えていた頃だ。
ロックが好きになると、表現が捻くれてしまうものだけど、
熱いものは人一倍にあるつもりで。
それをどうやって他人に伝えようかと
試行錯誤してきたのだけど。
この歳になって思うのはマイバラード、
この歌詞、
俺達が言いたいこと全部言ってるのな。
天六の交差点でメッセージを受け取り、
起動したYouTubeから流れる唄に
34歳は不意に泣きそうになるのでありました。

誕生日が一日違いのその親友と。
共に34歳になりました。
あの若造がなぁ(笑)
今も変わらずふたりとも、空飛ぶクソガキです。
    mixiチェック

今朝、テレビをつけたら、ズムサタで倉橋ヨエコの曲が使われてて驚いた。
平日の習慣(毎朝ZIP!を観ている)で
たまにズムサタ観るのだけど今まで気付かなかったですよ。

仕事帰りの自転車漕いでいる時、一番頭に流れる曲は
中島みゆきの『ヘッドライト テールライト』。
その都度、「あれ?俺、疲れてるのか?」と
思うのですが、どうやら車が列を成して走り行くのを見て、
連想しただけの単純明快なものの様。
意外と単純、俺。
そして中島さん「旅はぁ~まだぁ~終わらぁない~」
ですから、休ませる気なんてありませんや。

先日は帰宅早々ステレオで長渕剛のNever changeを
聴くのでありました。
お子さんが生まれた時の感動を歌にした名曲ですけど、
ここで僕はよく「詩は思想ではなく、経験だ」と言います。
人が言っていてなるほど!と思った言葉なんですけど、
長渕さんの詞はまさに経験。
『浦安の黒ちゃん』とか『東京青春朝焼物語』とか、
『耳かきの唄』なんて最後の「すみませーん!…」の一説、
涙なしで歌えたことなんてない。
後、個人的に好きなのは『月が吠える』。
良い歌詞だなぁ。
これはちょっと文学的で、
なんとなく井伏鱒二っぽい。

もうひとつ、絶対外せないのが
『電信柱にひっかけた夢』。

電信柱にひっかけた夢ですよ!?
このタイトルだけでもう泣けるやん。
ただまあ、電信柱に夢をひっかけたことのない人は判らんのでしょう。

中島みゆきを怖いと言ってみたり、
長渕剛を暑苦しいとか言ってみたり、
身を投じてもいない池の水温がどうしてわかるのでしょうか?
知らないのは仕方ない。
ただ、悪態吐く為に、知らずにいるのは滑稽の極み!

「歌詞なんてどうでもいいんだよー」
ってカッコつけて言わはる人がいるけど、
曲を作るもんから言わせてもらうと、作詞が難しいのよ。
メロディーやアレンジなんていっくらでも生まれるのよ。
ウミガメの出産くらい生まれるのよ。涙だって流すわよ。
それを生かすも歌詞、死なすも歌詞。と言える。
何が言いたいか?もだけどそれ以上に言葉のチョイス。
例えば、とあるメロディーにサ行を使うか、マ行を使うか、
だけで随分曲のイメージは変わる。
日本語で言えば漢字を並べ倒した方が良くなるメロディーもあるし、
ひらがなで行った方が素敵になる場合もある。
一般的に、漢字はリズム感が出るし、
ひらがなは、やわらかくなる。

「彼女は極めて友好的さ~」と
「あのコは誰にでもやさしいのさ~」では
雰囲気が随分変わるでしょ?

偶然にも上の二つの例、同じ文字数よ。

僕は英語、殆ど判らないけど、
英語の歌でもそういう受け入れ方、
知らず知らずのうちにあったりするんだと思う。
やっぱビートルズがめっちゃくちゃ上手いんだろうな。





「ひょっとして安部公房、好き?」
これは人を大きく分岐する質問です。
「好き!」と答える人とは、僕、おそらく何時間でも話せます。
例え安部公房の話じゃなくてもね。
「読んだけど意味わかんない」
と、答えられると、
「だ、だよね~」で終わりそう。
大体僕が話し込んじゃう人は、安部公房を愛して止まない人だわね。

燃えつきた地図 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
1980-01-29


最近、ギター弾く方が楽しくて、あまり読めてないのだけど、
ちょっとずつちょっとずつ読み進めました。
いやはや!
あっぱれ!
なんも言えねえ!笑
チョーきもち…、もうええか。
素晴らしかった。
よくもまあ、この物語を読みやすく、
スリリングさを失わずに書いたものだね。

ただ、安部公房はどれもそうなんだけど、
誰にでもオススメ!というわけでもない。
この世界観、わからん人も、世の中には必要だと思うのです。
だから上記の質問「安部公房好き?」に
判らない、と答える人、全く否定しません。
むしろ「ああ、良かった」と言いたい。
知らない人は知らないままの方が良いかも知れない。
幸せかも知れない。

まあコソっと、オススメは
箱男 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
2005-05


砂の女 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
2003-03


短編で読みやすいのは
笑う月 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
1984-07


まあ、読まない方がいいと思うけどね。



僕ね、ブルースを基調としたギター弾きなんですけどね、
クラプトンあんまり好きくないのね。
そんなやつ、他にいるのかな?
まあ居るか。
好きじゃないんだけどね、最近は家でずっと
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でね。クロスロードがそんなに素晴らしいかどうかは判らんのだけどね、
SPOONFULなんて長すぎやろ!ってずっと聴いてたりね、
次の日、車で『wonderful tonight』に泣きそうになったり、ね。
なんなんだろうね、クラプトンの魅力って。
好きじゃないのに、けっこうずっと聴いてるのね。
そんなアーティスト、他には居ないのよね。
そして好きじゃないけど、やっぱ一度、生で観てみたい、
唯一のアーティストなんだね。



なんで好きじゃないって言うんだろうね(笑)
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